セクハラ発言が生む男女の対立
セクハラというのは、基本的に明確な法律がなく、基準が曖昧です。
もちろんセクハラをしていいわけがありませんが、日本は法治国家であって、法に書かれていない問題に関する制限は、最小限にとどめるべきではないでしょうか。
セクハラというのは「セクハラをされた本人がどう感じたか」という事が問題であって、基本的に、言われていない他人がどうこういうという問題では無いはずです。
ですが、松本人志さんの発言を「セクハラ」のように批判している方は、その個人間の問題を、更に、第三者の問題にまで広げようとしているわけです。
つまり、された本人が「セクハラ」だと言っていなかったとしても、第三者が「セクハラだと言ったらセクハラ」だと認めさせようとしているわけですね。
ですが、こんな事をしてしまうと、男と女で揚げ足取りが始まってしまいますし、無用な男女の対立が生まれてしまいます。
ですから、まず最初にセクハラかだったのかどうかは、指原莉乃さんに確認するべきであって、
指原莉乃さんに対して、
「あれ、セクハラっぽかったけど大丈夫だった?」
と聞いて、大丈夫なら問題では無いですし、もし大丈夫でないなら、その時にはじめて「セクハラ」という話でよいのではないでしょうか。
松本人志さんとしても、指原莉乃さんのような、寛容さがあって、頭の良い女性だからこそ、このような発言をされているわけで、誰にでもするわけではありませんからね。
セクハラの問題を、第三者の意見にまで広げてしまうと「思っている事を何も発言できない」それこそ、表現の自由を奪う「言葉狩り」の状態に発展してしまう可能性もあるわけです。
日本が、寛容さのない国になってしまう危険性もあるというわけですね。
松本人志の発言を編集すべきだったのか?
ワイドナショーでの松本人志さんの発言を「なぜ編集せずに放送したんだ!」といった批判もあるようなのですが、これは的外れな批判ですね。
なぜなら、ワイドナショーは、ニュースを扱う番組ですからね。
視聴者としては、事実を知りたいわけで、編集をしてしまうという事は、事実を隠すという事に繋がってしまいます。
松本人志さんは「自分の発言を基本的にカットしないで放送する」という事を考えておられるそうなので、その事を、よく理解されておられるという事ですね。
松本人志さんは、今のお笑いを作ってきた天才ではありますが、もちろん万能ではないわけです。
ワイドナショーは、そんな笑いの天才である松本人志さんだったら、どのような目線でニュースを見るのかを、1つの意見として知る事が出来る所に、価値があるわけですよね。
もしも、一部の視聴者の反対に迎合して「松本人志さんの発言が編集されて流されるようになった時」は「ワイドナショーが存在する価値が無くなった時」という事でしょうね。
指原莉乃は弱い立場の人間なのか?
セクハラというのは、会社などで、
「強い立場から弱い立場に対する拒否する事が出来ない状況での性的な嫌がらせ」
の事を言うわけですよね。
つまり、
「弱い立場」
「言い合える関係性が無い」
という事が問題なわけです。
では、松本人志さんと、指原莉乃さんの場合はどうなのでしょうか?
指原莉乃さんといえば、今のアイドルのほぼトップに君臨されているような方ですよね。
噂では年収は億を超えると言いますし、AKB48グループのトップである秋元康さんから「自分の後継者」とも囁かれていたりするほど、非常に力のある方なわけです。
あの天下の秋元康さんに対して、
画像出典:ガールズちゃんねる
なんて、口に出来るような方なわけですからね。
まぁ、でもそれはお得意の体を使って何かをするとか…
という松本人志さんの発言に対しても、
何、言ってんですか?
ヤバ、
と、松本人志さんと言い合える関係性は、構築されているわけです。
また、ツイッターのフォロワー数は、230万を超えるなど、一部の層に対する発言なら、テレビ局を凌ぐくらいの発言力があったりするわけです。
つまり、指原莉乃さんは、松本人志さんとの「言い合える関係性」があって、何も言う事が出来ないような「弱い立場」の人間では無いというわけですね。